「漂泊する避難民・上陸する探索人」と題して進めてきた。
・紀元前473年 呉の滅亡
・紀元前334年 越の滅亡
と、ここまでは「漂泊する避難民」として論じてきた。
いよいよ、今回から
・紀元前219年 徐福の出航
となり、「上陸する探索人」となる。
(徐福の出航)
徐福が不老不死の薬を求めて出航したことは、中国で最も古い歴史書である『史記』に記されている。
「斉の人、徐市(徐福)ら上書して言う。『海中に三神山あり。名づけて蓬莱・方丈・瀛洲といい、仙人これに居る。請う。斎戒(さいかい=身を清めること)し、童男女とこれを求むることを得ん、と。是に於いて始皇は徐市を遣わし、童男女数千人を発し、海に入りて仙人を求めしむ。」(紀元前219年)
「始皇・・・乃ち大いに怒りて曰く、・・・徐市ら費やすこと、百万を以て計うるも、終に薬を得ずと。」(紀元前212年)
「・・・方士徐市ら海に入りて新薬を求むるも数歳得ず、費え多くして咎められんことを恐る。乃ち計りて曰く、蓬莱の薬は得べし。然れども常に大鮫魚の苦しむる所とな為り、故に願わくば善く射るものを請いてともに興に俱にし、見れば則ち連弩(れんど=大弓矢)を以て之を射んと。』(紀元前210年)
要約すると方士である徐市(徐福)は紀元前210年に、若い男女数千人とともに蓬莱(日本)に向けて出発したが、9年後に国に戻り、自ら始皇帝に釈明し、今度は最新武器の連弩を装備してまた出国した。ここで方士とは、中国古代の神仙思想の元での方術(占い,医術,錬金術など)を行なった人のことである。
以上の事件が中国の正史『史記』に記されている。また同様の記述が、『漢書』『三国志』にもその記述がある。
しかし、中国でも日本でも歴史の虚構であるとされ、学問上は放置されてきた。しかし、1982年一人の中国人学者が偶然「徐福村」(現在の中国江蘇州かん楡県徐阜村)を発見したことにより、俄然信憑性を帯びてきた。
中国の正史に記載されている点では、『魏志倭人伝』の邪馬台国と同じである。日本でも徐福伝説が各地に存在する。当方も実地踏査でいくつかの地を探索した。明確に虚構であるとの反証が出ない限りは、事実と仮定し論を進めていいのではないかと思う。素人探訪家の特権としてお許し願いたい。
以下は、いき一郎著『徐福集団渡来と古代日本』からの転載だが、日本と中国の徐福伝承地である。若い男女数千人を連れて出航である、当然何十槽の船団であっただろう。嵐にでも会えば、塵々になり、中国沿岸・日本列島各地に難破し上陸したことであろう。それぞれのグループの判断で、その周辺を生活の拠点として留まるなり、さらに蓬莱山を目指して進んだりしたのだろう。その結果として中国沿岸・日本列島各地に徐福の伝承があるのは納得である。伝承地と古代日本の出来事を突合することで古代史の探訪を続けよう。
徐福伝承地(中国・日本)
いき一郎著『徐福集団渡来と古代日本』より転載
(佐賀平野への上陸)
①②③(佐賀県)④⑤(福岡県)の伝承地を考えると、徐福一団は佐賀平野に上陸したと思われる。先行する呉の一族、越の一族、先住の縄文人らが混沌とする状態でクニを作り覇権争いをしたのだろう。
吉野ヶ里遺跡はまさに①~⑤の徐福伝承地の中心に位置している。そこでの特徴ある甕棺墓は、徐福の佐賀上陸グループが神仙思想の壺をイメージしながら独自に発展させた埋葬方法ではなかろうか。
その後、博多湾に進出し、先行する呉の一族が拠点とする奴国らと連合して邪馬台国を形成した。甕棺墓の分布がその勢力の伸長範囲を表していると思われる。
図4-1九州における大形甕棺分布図Ⅲ期/図4-2北部九州における大型甕棺分布図 Ⅲ期
(藤尾 慎一郎氏作成)
(南九州への上陸)
⑥(鹿児島県串木野市)⑦(鹿児島県坊津市)への上陸は注目したい。坊津市とあるが坊津町の間違いで、2005年に加世田市・大浦町・笠沙町・金峰町と合併して、現在は南さつま市となっている。
ここで古代史ファンの多くがピンと来るのではないだろうか。笠沙の岬とは、古事記・日本書紀によれば、まさに天孫降臨のための寄港地ではないか。
笠沙の岬に上陸した瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、そこで木花開耶姫(このはなさくやひめ)と出会い、その後日向の日で日向三代を営むことなる。
これまで、こんな田舎、文化的な後進地方で(鹿児島県の方すみません。)、麗しき美人に出会えるのかと疑問であったが、この地に太伯を祖とする呉の王族・貴族の一団が漂泊していたとすると納得がいく。
また、同じく古事記・日本書紀にある、海彦・山彦の神話は、海彦が呉の集団の末裔、山彦が徐福集団の末裔を比喩しているとすると納得がいく。後者が日向の国の主導権をとったということだろう。
いよいよ、次回が「漂泊する避難民・上陸する探索人」シリーズ最終章の予定です。お待ちください。
(参考文献)
『徐福集団渡来と古代日本』いき一郎中
『邪馬台国の全解決』孫英健 言視舎
『ヤマト王権の古代史学』坂靖 新泉社
『考古学から見た邪馬台国大和説』関川尚功 梓書院
『日本古代史を科学する』中田力 PHP新書
『古代日本国成立の物語』小嶋浩毅
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