VERY BOOKS ~ 本棚の「本」たち

古代史、進化論、量子力学、宇宙、スモールビジネスモデル、日本語の成り立ち等、 興味分野を本棚の「本」たちと語ります。

量子たちの不思議な振る舞い(3)~『時間は存在しない』

『時間は存在しない』著:カルロ・ロヴェッリ を、通しで読んだ。

センセーショナルなタイトルと、さわやかなブルーの装丁で、随分前に買っていたものだ。


著者は物理学者で、ループ量子重力理論における第一人者である。

この理論は、一般相対性理論量子力学を矛盾なく説明する理論として、超ひも理論と並び注目されている。

ループ量子重力理論の理解など恐れ多いが、彼が考えている時間の雰囲気を少しでも感じてみたいと思い、読み進んだ。


この本の原題は『L'ordine del tempo』であり、日本語版のタイトル『時間は存在しない』は、かなりの意訳である。

著者が言うには、彼がよって立つ量子重力の基本方程式(ホイーラー=ドウィット方程式)では、この世界の出来事の原理を「時間変数」を含むことなく説明している。

すなわち「時間変数」は存在しないと言っている。しかしながら、それらの出来事の結果として認識される「時間」の存在は認めている。「時間」が存在しないとは言っていない。

どうも、タイトルでのインパクトを狙いすぎて、本の内容を分かりにくくさせているようだ。


一方、原題を直訳すると『時間の順序』となるが、この直訳でも本書の内容を的確に表しているとは言えない。

『時間には順序が無い』というくらいが内容の理解の為には適当だろう。


誤解を恐れながらも、本の趣旨をまとめてみる。


「時間の流れは、山では速く、低地では遅い」という、アインシュタイン相対性理論の紹介から始まる。直感では理解しづらい事実だが、実験で何度も確認され、GPSの技術でも実際に応用されている。アインシュタインは精密な時計ができて時間の流れの差を計れるようになる前に、時間が至る所で一様に経過するわけでないことを理解していたわけだ。


このように時間は相対的であると判明したが、最新物理学ではさらに、過去から現在そして未来へと一方向に流れるいわゆる「時間の矢」さえも確実でないと言う。


量子重力の基本方程式(ホイーラー=ドウィット方程式)では、ニュートン力学相対性理論を包含するかたちで、量子たちの振る舞いの相互作用(出来事)の原理を表すのだが、そこには「時間変数」を含んでいない。

「時間」は量子たちの振る舞いの相互作用(出来事)の結果としての2次的なものとして位置づけられる。そうである以上、「時間」もやはり量子的な性質を持つことになる。


量子的な性質とは、物理的変数が粒状である「粒状性」、ゆらぎや重ね合わせにより不確定である「不確定性」、ほかとの関係に依存する「関係性」である。

この世界を構成する量子たちは、重ね合わせにより不確定(例えば、量子のスピンの向きは上でもあり下でもあり、確率的な表現しかできない)であり、それは他との関係においてのみ確定する。であるならば、それら量子の振る舞いの相互作用(出来事)からのみ定義される「時間」もそうならざるを得ない。

時間は「過去」「現在」「未来」の重ね合わせであり、そしてもはや、連続的なものではなく粒状となり、カンガルーのようにぴょんひょんと一つの値から別の値へと飛んでいる。

その最小単位はプランク時間と呼ばれ、10のマイナス44乗秒(1秒の1億分の10の億分の1の10億分の1の10の億分の1の10億分の1)と、厳密に算出されている。


以上ようにミクロの世界では「過去」「現在」「未来」という順序は無く、いわゆる対称性を持つ関係である。

一方、マクロの世界でみると「過去」から「現在」そして「未来」へと時間は一定方向にしか流れないと感じる。


その大きな理由として著者があげるのが、私たちがエントロピー増大の法則にしたがう世界に生きていること。
 
これは、熱は熱い物質から冷たい物質にしか移らず、決して逆は生じないという法則である。

もう少し幅広く言い換えると、物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはないということ。

熱力学第一法則である「エネルギー不変の原則」に対して、熱力学第二法則ともいう。


エントロピー増大の法則については、学生の頃読んだブルーバックスマックスウェルの悪魔』での都筑卓司氏の解説が秀逸であった。

都筑氏の文章は比喩が上手で、30ページに満たないプロローグを読んだだけで、核心部分を理解したつもりになれる。

都築氏は他にもブルーバックシリーズで相対性理論や不確定原理など、最先端の科学を分かり易く解説している。

私は、この本で「エントロピー」という言葉にはじめて出会い、物理学としての用語であるとともに、情報学の用語でもあること、そして社会問題に対する言葉としても使うことができることを知った。

昭和48年(1973年)当時、「人口増加、産業の発達、消費欲の激増は必然であり、これを後退させることは大気中に真空部分のできるのを待つと同じほど、あてのない期待である。」

と述べられている。確かにその通り、その後、インターネットの出現、グローバル化の進展、地球温暖化の進展など世界はますます均一化が進み、社会的エントロピーは増大の一途である。る。


マックスウェルの悪魔とは、1867年頃、クスウェルが提唱した次のような思考実験である。
 もし仮に気体分子の動きを観察できる架空の存在(悪魔)がいたとすると、分子を観測しながらドアのドアの開け閉め(素早い分子は右から左、遅い分子は左から右に通す)だけで

 容器の中の気体温度差(左が熱くなる)を作りだすことができる。これは熱力学第二法則で禁じられたエントロピーの減少が可能になるのではないか、というもの。

 詳細は以下、参照

 マクスウェルの悪魔 - Wikipedia


話をもどそう。カルロ・ロヴェッリは、最終章で、このような時間に対して、「記憶。そして、郷愁。わたしたちは、来ないかもしれない未来を切望する。このようにして開かれた空き地~記憶と期待によって開かれた空き地~が時間なのだ」と、哀愁を込めて訴えている。


一方、このように量子的性質を持つ「時間」のイメージから、私が思い浮かべたのは、道元正法眼蔵 現成公案の一文であった。

道元は鎌倉新仏教の一つである曹洞宗の開祖であり、その思想を自ら記したのが『正法眼蔵』、その第一巻が『現成公案』である。

この一文は、私の東京単身赴任の期間中15年間にわたり通った広尾の坐禅会おいて唱読していた一文でもあり、いわば体の一部になっている。


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たきぎは はひとなる

さらにかえりて たきぎとなるべきにあらず

しかあるを

灰はのち 薪はさきと 見取すべからず

しるべし 薪は薪の法位に住して

さきあり のちあり

前後ありといへども 前後際断せり

灰は灰の法位にありて

のちあり さきあり

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以下が現代語訳である。

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薪は燃えて灰となるが、もう一度元に戻って薪になるわけはない。

エントロピー増大の法則からもそのように言える。:佐々木 注)

ところがわれわれは、灰は薪が燃えたのちの姿、薪は灰が燃える前の姿と見るが、とんでもない誤りである。

薪は薪としてのあり方において、先がありのちがある。

前後があるといっても、その前後は断ち切られていて、あるのは現在ばかりである。

灰は灰としてのあり方において、のちがあり先がある。


『【新版】正法眼蔵ひろさちや・編訳 から転載

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「前後際断」という言葉は、時間は連続的でなく非連続であることを一言で言い表している。「過去」「現在」「未来」の関係を量子的に捉えている。

前と後ろの際(きわ)を断ち、瞬間瞬間、いま・ここをしっかり生きるという、非連続の思考である。

カルロ・ロヴェッリが言う、「記憶。そして、郷愁。わたしたちは、来ないかもしれない未来を切望する。このようにして開かれた空き地~記憶と期待によって開かれた空き地~が時間なのだ」という、空き地の中での一瞬一瞬を「前後際断」で生きることが、禅が教える最高の人生訓なのである。

 

禅の言葉が難しいと感じる方には、ホリエモン近畿大学卒業式でのスピーチが分かり易い。

「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」。何度聞いても、感動的なスピーチである。

https://www.youtube.com/watch?v=2DTyHAHaNMw

                              (以上)

 

「時間」を考える上での、お勧めの図書

『神の方程式』ミチオ・カク

カルロ・ロヴェッリがループ量子重力理論の第一人者なら、ミチオ・カクは超ひも理論の第一人者。『時間は存在しない』とほぼ時を同じくして、一般向けの啓蒙者として出版された。読まずにはいられない。

 

『モモ』ミヒャエル・エンデ

町の至るこころに「きみの生活を豊かにするためにーーー時間を節約しよう」のポスターが。ほぼほぼ、現代の日本社会においてホワイトカラーの生産性が向上しない理由のように思えた。

 

『ゾウの時間 ネズミの時間』本川達雄

心臓がドキン・ドキンと打つ間隔を時計の針と捉えると、人とゾウ、ネズミそれぞれが異なる時間で生活をしているのだと、「時間」の相対性が直観的に理解できる。ちなみに体重と時間(心臓の鼓動の間隔)の相関関係を調べると、それぞれの時間は体重の4分の1乗に比例するという。

生命科学的思考』高橋祥子

「ぼーっ」と過ごすと「時間」はアッと言う間に過ぎ去る。一所懸命、あることに集中して過ごしても「時間」はアッと言う間だ。一体、どちらがアッと言う間なんだろうという私の疑問に答えてくれた1冊。

 

『【新版】正法眼蔵ひろさちや

仏教の解説本は、ひろさちや氏のが一番わかりやすい。数多くの著書の印税や講演の謝金を無造作に自宅に保管していたため、2000年には億単位の盗難にあったりした。

 

『禅と経営』飯塚保人

「前後際断」を含む『正法眼蔵 現成公案』の禅語を、経営者のために分かり易く解説。

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